うつと「君たちはどう生きるか」吉野源三郎さん

うつと「君たちはどう生きるか」吉野源三郎さん

うつで悩み、苦しんでいる方へ・・・ HIDEです。

みなさん、こんにちは。コロナウイルスの中で日々どうお過ごしでしょうか?

今回は、「君たちはどう生きるか」という本を紹介したいと思います。

最近書店でよく見かけるようになり、手に取ってみました。

かなり有名な本なので、みなさんも読まれた方がいらっしゃるかもしれません。

有名と書きましたが、私は最近知りました。

小学や中学時代にこの本と出会っていたらなあと思いましたが、

ほとんどスポーツばかりで本を読むことがなかったので、仕方がありません。

「もっと早くこの本と出会っていたらなあ」と書きましたが、私がうつの時は

そういう気持ちで終わっていたと思います。

今は、「今、この本と出会えてよかったなあ」と思うことができます。

こうやって、本を紹介することで、誰かのためになるかもしれないですし、

自分の子供に伝えられることができるからです。(子供が読むかどうかわかりませんが・・・)

世界中、全ての本は読めないし、たまたまこの本と出会ったことに感謝しています。

約300ページある中で、みなさんにとって何かヒントになる部分があればと思います。

それでは、さっそくみていきましょう!

 

・人間というものが、いつでも、自分中心として、ものを見たり考えたりするという性質をもっている。

・たいがいの人が、手前勝手な考え方におちいって、ものの真相がわからなくなり、自分に都合の

よいことだけを見てゆこうとする。

自分ばかりを中心にして、物事を判断してゆくと、世の中の本当のことも、ついに

知ることが出来ないでしまう。

・何かしみじみと感じたり、心の底から思ったりしたことを、少しでもゴマ化してはいけない。

いわれたとおりに生きてゆこうとするならば、いつまでたっても一人前の人間になれない。

・世間には、他人の眼に立派に見えるようにと振舞っている人が、ずいぶんある。そういう人は、

自分が人の眼にどう映るかということを一番気にするようになって、本当の自分、ありのままの

自分がどんなものかということを、つい、お留守にしてしまうものだ。

自身が心から感じたことや、しみじみと心を動かされたことを、くれぐれも大切にしなくてはいけない。

いろんな経験を積みながら、いつでも自分の本心の声を聞こうと努めなさい。

・人間は、いうまでもなく、人間らしくなくっちゃあいけない。人間が人間らしくない

関係の中にいるなんて、残念なことなんだ。

・人間が人間同士、お互いに、好意をつくし、それを喜びとしているほど美しいことは、

ほかにありはしない。そして、それが本当に人間らしい人間関係だ。

・人間として自尊心を傷つけられるほど厭(いや)な思いのすることはない。

・今の世の中では、からだをこわしたら一番困る人たちが、一番からだをこわしやすい

境遇に生きている。

・このような世の中で、なんの妨げもなく勉強ができ、自分の才能を思うがままに延ばして

ゆけるということが、どんなにありがたいことか。

・世の中の人が生きてゆくために必要なものは、どれ一つとして、人間の労働の産物でないものはない。

・生み出してくれる人がいなかったら、それを味わったり、楽しんだりして消費することは出来やしない。

・立派にうちの稼業に一役受けもち、いやな顔しないで働いていることに対して、つつましい尊敬を持つのが本当。

苦しみが大きければ大きいほど、それを乗り越えてゆく喜びも大きい。

・自分の権勢を際限なく強めてゆこうとして、次第に世の中の多くの人々にとってありがたくない

人間になってしまった。

・どんなにつらいことでも、自分のした事から生じた結果なら、男らしく耐え忍ぶ覚悟をしなくちゃいけない。

今すべきことをするんだ。過去のことは、もう何としても動かすことは出来ない。

それよりか、現在のことを考えるんだ。

大人になっても、ああ、なぜあのとき、心に思ったとおりしてしまわなかったんだろうと、

残念な気持ちで思いかえすことは、よくあるもの。

・自分の心の中の温かい気持ちやきれいな気持ちを、そのまま行いにあらわして、あとから、

ああよかったと思うことが、それでも少しはある。

後悔のおかげで、人間として肝心なことを、心にしみとおるようにして知れば、

その経験は無駄じゃあない。それから後の生活が、そのおかげで、前よりもずっとしっかりした、

深みのあるものになる。どんなときにも自分に絶望したりしてはいけない。

・人間は、自分自身をあわれなものと認めることによってその偉大さがあらわれるほど、

それほど偉大である。

悲しいことや、つらいことや、苦しいことに出会うおかげで、

僕たちは、本来人間がどういうものであるか、ということを知る。

・からだの痛みは、僕たちにとってありがたいもの。

心に感じる苦しみやつらさは人間が人間として正常な状態にいないことから

生じて、そのことを僕たちに知らせてくれるものだ。

・お互いに愛し合い、お互いに好意をつくしあって生きてゆくべきものなのに、

憎しみあったり、敵対しあったりしなければならないから、人間はそのことを

不幸と感じ、そのために苦しむのだ。

・人間である以上、誰だって自分の才能をのばし、その才能に応じて働いてゆけるのが

本当なのに、そうでない場合があるから、人間はそれを苦しいと感じ、やり切れなく思うのだ。

・人間が、こういう不幸を感じたり、こういう苦痛を覚えたりするとうことは、

人間がもともと、憎みあったり、敵対しあったりすべきものではないからだ。

人間が自分をみじめだと思い、それをつらく感じるということは、人間が本来

みんなみじめなものであってはならないからだ。

・欲望や虚栄心を捨てれば、それと同時になくなるものだ。

・悔恨(かいこん)の思いに打たれるというのは、自分はそうでなく行動することも出来たのに・・・、

と考えるからだ。それだけの能力が自分にあったのに・・・、と考えるからだ。正しい理性の

声に従って行動するだけの力が、もし僕たちにないのだったら、何で悔恨の苦しみなんか

味わうことがあろう。

自分の過ちを認めることはつらい。しかし過ちをつらく感じるということの中に、

人間の立派さもある。

・正しい同義に従って行動する能力を備えたものでなければ、自分の過ちを思って、

つらい涙を流しはしないのだ。

・苦しい思いの中から、いつも新たな自信を汲み出してゆこうではないか、・・・

正しい道に従って歩いてゆく力があるから、こんな苦しみもなめるのだと。

※なめる(嘗める)→つらいことや苦しいことを経験する。

僕たちは、自分で自分を決定する力をもっている。だから誤りを犯すこともある。

しかし・・・僕たちは、自分で自分を決定する力をもっている。だから、

誤りから立ち直ることも出来るのだ。

・言葉だけの意味を知ることと、その言葉によってあらわされている真理をつかむ

こととは、別なこと。

・僕は、いい人間になることは出来ます。自分がいい人間になって、いい人間を

一人この世の中に生み出すことは、僕にでも出来るのです。そして、そのつもりにさえ

なれば、これ以上のものを生み出せる人間にだって、なれると思います。

 

ここまで、みてきました。いかかだったでしょうか?

この本は4人中学生とその一人の中学生の叔父がメインで登場し、人間の気持ちや、

人間が成長していくためにはどんなことが大事かが書かれています。

今現在うつの方は、これからどうしていこうかと考えている方もいらっしゃると思います。

私も、うつの時はいろいろと悩み、苦しみ、辛い時間を味わいました。

この本に書いてあるように、

悲しいことや、つらいことや、苦しいことに出会うおかげで、

僕たちは、本来人間がどういうものであるか、ということを知るのだと思います。

そういう意味では、うつは人生において経験や学びと考えることはできないでしょうか?

逆にうつになっていなかったらどうなっていたのだろうと考えてみるのも新たな

自分がみえてくるかもしれません。

これまでのブログでリフレーミングについて書いたことがありますが、うつという

自分を違った見方、違った考えでみてみると、生きる勇気が湧いてくるかもしれません。

この本を読んだことがある方は、再度読んでみてはいかがでしょうか?

また、この本に出会ったことがない方は、一度読んでみても損はないと思います。

今後の人生において新たな自分を発見できるきっかけになるかもしれません。

今回の本の内容で、うつを治すきっかけになった部分などがあれば、

「うつとこころのコミュニティ」にアップしていただけると幸いです。

よろしくお願いいたします。

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